長嶋一茂の筋肉や血液型を調査!学歴や高校時代・大学野球の成績は?

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今、バラエティー番組にひっぱりだこの長嶋一茂(ながしまかずしげ)さん。

超有名人である野球界の大スター長嶋茂雄さんの長男であることから、生まれついてのお坊ちゃまだったり、常に多方面から注目されたりと、目が離せない存在です。

今回はそんな長嶋一茂さんの筋肉のスゴさや血液型、学歴や高校時代大学の野球の成績うつ病パニック障害の噂について調査してみたいと思います!


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長嶋一茂の筋肉がスゴい?血液型は?

 

長嶋一茂の筋肉がスゴい?

長嶋一茂さんのことを調べていると「長嶋一茂 筋肉」と出てきます。

 

長嶋一茂さんの体格は、身長181cm、体重90kgととても恵まれています。

また、極真空手をやっていたこともあるので、筋肉が話題になるのは当たり前だなと思いました。

 

しかし、さらにいろいろ調べると、恐らくこのことかな?という長嶋一茂さんの筋肉画像に当たりました。

直接写真を貼ることができないので、下のリンクからご覧ください。

 

長嶋一茂の筋肉画像

 

やっぱり長嶋一茂さんの筋肉はスゴい!と言いたくなる写真だと思います。

そして、色も黒い笑

ハワイ大好きですからね。
 
現在長嶋一茂さんはテレビ出演が増えていますが、この写真ほど筋肉が盛り上がってはいないものの、やはり肩や腕周り、胸の厚みはかなりのものであることがテレビを通じてでも分かります。

今度テレビで長嶋一茂さんが出演しているのを見た時は、特に肩や胸、腕のあたりに注目してみてください!

 

長嶋一茂の血液型は?

そして、長嶋一茂さんの血液型はB型

そうだろうね~B型だよね~知ってたよ~、で終わってもいいくらい、B型な感じを醸し出していますよね笑

 

B型の特徴と言われる、「マイペース」はズバリ当てはまるとは思いますが、芸能界に入っても生き残っているバランス感覚と嗅覚は恐ろしいものがある思います。

マイペースは間違いないですが、それだけではない人徳+したたかさを兼ね備えたレベルの高いB型という感じがしますね。

 

あ、お分かりだと思いますが、お父さんの長嶋茂雄さんもB型です。

B型の中でも最上級のB型はあのようなレベルなんですね。

 

血液型占いはあてにならない!と思う人も多いかもしれませんが、長嶋親子を見ていると血液型占いも信用していいのではないかと思えてきます!


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長嶋一茂の学歴(中学、高校、大学)は?

長嶋一茂さんと言えば、日本で最も有名な二世のトップ3ぐらいに入るので、ほとんどの方がプロフィールなどはご存じでしょうから敢えてここは違った面、から詳しくいってみましょう。

ちなみに、Twitterで一緒にうつっていらっしゃるのは、同じく日本で最も有名な二世のトップ3にはいるであろう、石原良純さんです(笑)

そして真ん中は、竹下元総理の孫・DAIGOさん。三世ということになるでしょうか?
 

長嶋一茂の小学校、中学校は?

さて、長嶋一茂さんの学歴ですが、まず小学校と中学校から見てみたいと思います。

・昭和53年東京都大田区立田園調布小学校卒業

・昭和56年東京都大田区立田園調布中学校卒業

小学校、中学校とも「田園調布」と名前につくだけで、とんでもなくセレブな感じがしますね。

 

田園調布中学校は、公立の共学校という点では、ある意味普通の中学校。

現在の評判では、施設は古くなっているものの、概ねいい評判です。

ただ、外からでは分からない問題もあるとは思うので鵜呑みにはできないですね。

 

長嶋一茂さんは田園調布中学校に入学したものの、一時期群馬県にある白根開善学校中等部(短期間で退寮)に在籍していました。

なんで群馬県にある寮制の学校に行ったのかは明らかにされていませんが、マスコミに追いかけられたりして精神的に疲れていたのかもしれませんね。

 

しかし、寮生活は結構つらいしつまんない、山の中だし!ということで、あっさり帰ってきたのかも…と勝手に思っています。

いずれにしても長嶋一茂さんには都会が似合っていると思います。

 

なお、中学時代は陸上部に所属していたそうです。

今からするとちょっと意外ですが、陸上で鍛えた頑強な下半身は野球で絶対に生きたと思います。

 

長嶋一茂の出身高校は?

高校は、立教高等学校(現在の立教新座高等学校)に進学しました。

この高校は立教大学の系列校ということで、8割くらいの生徒が推薦で立教大学に進むそうです。

 

長嶋一茂さんというと東京のイメージがするのですが、この立教高等学校は埼玉県の新座市にあるんですね。

立教というと池袋かと思ってしまいますが、そちらは現在の立教池袋高等学校です。

 

長嶋一茂の出身大学は?

大学は立教大学に進学しましたが、その理由は「父親と同じ環境で野球がやりたい」という思いがあったから。

もちろん、野球部に所属しています。

 

野球の成績や活躍については、次の段落で書いていますのでご覧ください!


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長嶋一茂の野球の成績(高校、大学、プロ)は?

さて長嶋一茂さんの学歴や学生時代の次は野球の成績について調べてみましょう。

 

小学生の時はお父さんの存在が大きすぎで周りから色々言われてきた過去があるようです。

こればっかりは仕方がないですね。

長嶋茂雄さんがお父さんですから。長嶋一茂さんは辟易していたとは思いますが。

 

小学校5年生の頃には、マスコミに追いかけられるのが嫌で、所属していたリトルリーグを辞めてしまったそうです。

お父さんと比較され、当時はそれほど野球が上手ではなかったため余計に嫌気がさしてしまったのかもしれないですね。

 

そして、上の方でも書いた、出たり入ったり大忙しの中学時代。

田園調布中学校に入学し、短期間ではありますが群馬県の白根開善学校中等部で寮生活を送り、すぐにまた田園調布中学校へ戻ってきます。

中学時代の野球の情報は極端に少ないので、きっとこの時期は野球をせず、所属していた陸上部で陸上競技に打ち込んでいたんでしょうね。

陸上ならお父さんとは比較されないし、楽しくやれていたかもしれません。

 

そして、父親の長嶋茂雄氏が巨人軍の監督を解任されたことをきっかけに、立教高校に進学してからまた野球を始めた長嶋一茂さん。

野球から3年以上離れていたため、復帰当初は苦労したようですが、高校2年で4番を任せられるまでに実力を伸ばしたのはさすがです!

 

立教高等学校3年生の時には、甲子園埼玉県予選の準決勝まで進出します。

しかし、所沢商業高校にサヨナラ負けをくらって惜しくも甲子園出場を逃してしまいます(ちなみに妹の三奈さんはこの試合を観戦していて、負けたことが悔しくて号泣したそうです。今は兄と妹が険悪な仲になってしまっているようですが…)

 

立教大学へ進んだ長嶋一茂さんはその後も野球を続け、所属した立教大学硬式野球部で、東京六大学リーグ通算101試合に出場しました。

また、日本学生の選抜4番としてアジア選手権に出場し、対中国戦ではホームランを打っています。

 

大学時代の成績は、

打率:225(382打数86安打)

ホームラン:11本

打点:54

という成績を残しています。

 

大学4年生の時に2季連続ベストナイン(ポジションはサード)に選ばれるなど、野球の才能が証明されたと言える成績だったと思います。

 

そしてプロ入りへの道も開かれます!

1987年、ドラフト会議でヤクルトスワローズと当時の大洋ホエールズ(現在は横浜DeNAベイスターズ)が1位指名で競合し、抽選の結果ヤクルトが交渉権を獲得しました。

 

このドラフト前日まで、お父さんの古巣である巨人も1位指名を検討していたそうですが、結局回避したそうです。

この時の契約金8000万円、年俸840万円(推定)でヤクルトに入団合意となりました。

 

1991年に6月初旬からスタメンで起用され、6月9日の広島戦で3安打5打点の大活躍!

ここからチームは球団新記録となる12連勝へと導く立役者となりました。

今で言う「ハンパない」「持ってる」というのがまさにぴったりの長嶋一茂さんですね。

 

1992年に、マイナーリーグ・1Aベロビーチ・ドジャーズでの野球留学を経験。

1993年には、金銭トレードでお父さんの長嶋茂雄さんが監督を務めていた巨人に移籍します。

1993年の成績は

打率:216

ホームラン:1本

打点:12

年俸:1200万円

となっています。

 

巨人移籍後の1995年のオフには、残念ながら戦力外通告を受け、翌年引退を決意します。

 

現役時代の通算成績は

出場:384試合

打率:219

ホームラン:18本

打点:82

でした。

 

数字としては物足らない感じがしますが、それこそ「記録よりも記憶に残る」選手の一人と言えるかもしれません。


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長嶋一茂のうつ病、パニック障害とは?

1996年の夏に奥様とレストランで食事中に過呼吸となってしまった長嶋一茂さん。

呼吸が困難になり、それ以降家の中でも天井がぐるぐると回って見えるという症状が続いたそうです。

プロ野球を引退した後もそれは続き、2008年の時に「重度のうつ」になってしまったそうです。
 
その年に長年お世話になっていたお手伝いさんと、祖母、母親が立て続けに亡くなり「愛している女性3人が半年の間に逝ってしまった。完璧にうつに入っちゃった。重度のうつです」と長嶋一茂さん自身が語っていました。
 
生まれた時からお父さんの存在が大きすぎて、比べられ常にマスコミに追いかけられている生活だと、普通の精神状態では生きていけませんよね。

毎晩3時になるとうなされたり、常に包丁を持って歩いていたりとかなり重症だった様子ですね。

訳もなく涙が出て、双子の娘さんが起きる6時半頃まで続き、子供達のために決して死なないと思い踏みとどまっていたそうです。

パニック障害とうつを完治するまでになんと14年という長い時間を要したそうです。
 
このパニック障害とうつを回復に導いたのが、娘さんたちの存在や、奥様の温かいサポート、そして「いつ死んでもいい」という開き直りと断食だそうです。

お腹が空いたという気持ちでいっぱいにすると不安やマイナス思考を排除できるそうです。
 
でも、これはきちんと医者の指示のもとでやるのがベストですね。

本当に長い間、病気と闘ってこられた長嶋一茂さんはテレビで見るイメージと全く違いましたね。

 

まとめ

現在、バカおぼっちゃまキャラで、バラエティー番組に毎日のように出演されている長嶋一茂さんは、周囲からの期待や注目で普通の生活が送れなかったりと、小さい頃らずっと苦労やストレスを抱え大変だったのだとわかりました。

有名人の2世だなんて一般人から見たらうらやましい限りですが、実はそうでもないのかもしれないですね。

 
コメントや間の取り方が絶妙で(バカキャラなだけで絶対バカではありませんよね(笑))、結構不穏なことを言っているようでも、ものすごく責められたり炎上しないのは本当にすごいなと思います。

管理人も長嶋一茂さんが出ているバラエティー番組をいつもおもしろく拝見しておりますので、これからも益々ご活躍いただきたいです!


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