中嶋一貴の結婚や彼女を調査!F1時代や年収も!当て逃げの噂や愛車は?

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中嶋一貴(なかじまかずき)選手は、日本人17人目のF1ドライバー。

ルマン24レースでは、トヨタ車で優勝し、「日本車で優勝した初の日本人」となりました!

 

今回は中嶋一貴選手の気になる彼女結婚F1時代や年収当て逃げの噂や愛車についてまとめました!

当て逃げの噂の元になったちょっとショッキングな動画もあります!

 


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中嶋一貴の彼女と結婚について

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中嶋一貴選手は30代となりましたが、結婚はしておらす、彼女の噂も表には出てきていません。

 

2016年に受けたインタビューでは、結婚する予定も願望も無いと答えています。

こんなにはっきり言い切るってかえって怪しい感じがしてしまいますね笑

 

過酷なレースの世界で生きている中嶋一貴選手ですから、身近に支えてくれる彼女や結婚相手(妻)となる人の重要性は知っていると思うんですね。お父さんの中嶋悟さんとお母さんの関係性も見ていたはずなので。

とはいえ、時には怪我、命をも危険にさらす恐れのあるレーシングドライバーなので、逆になかなか彼女との結婚には踏み出せないのかも知れない可能性もありますね。

 

ルマン24で中嶋一貴選手の知名度もまた上がって思いますので、マスコミの方が仕事に本腰を入れる可能性もありますね笑

あの中嶋悟さんの息子というだけでも本来は話題性十分な人なので、熱愛報道や結婚報道に注目です。

 

中嶋一貴のF1時代と年収について

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中嶋一貴選手は、2007年~2009年の3シーズンに渡り、ウィリアムズと契約してF1ドライバーとして活躍しました。

日本人としては17人目のF1ドライバーでしたが、お父さんの中嶋悟さんもF1ドライバーだったということで、アジア人では初の親子F1ドライバーとなりました!快挙ですね。

野球やサッカーなら競技人口が多いので、親子2代で選手になることは珍しくないですが、F1となるとドライバーになれる人はかなり限られますからね。

 

中嶋一貴選手のF1時代の最高年収は1億円程度。

最終年の2009年は基本給としては0円だで、順位のポイントに応じて支払われる形式での契約だったようですね。

勝負の世界は厳しいですが、個人スポンサーからの援助やCM出演などでの副収入もありますから、まったくの0円ということはありません。

 

現在は、WEC(FIA 世界耐久選手権)、全日本スーパーフォーミュラ選手権、スーパーGT(GT500クラス)という3つのレースに並行して参戦中です。

 

トヨタの強力なバックアップを得てはいますが、年収がF1時代の1億円を超えているかは?分かりません。

それでも数千万単位での収入はカタいでしょうし、今回のルマン24優勝でレーサー以外のお仕事も増えているようなので、がっぽり儲かっているかもしれませんね笑!

 

中嶋一貴の当て逃げの噂について

中嶋一貴選手のことを調べていると、「中嶋一貴 当て逃げ」というとても恐ろしい検索キーワードがありました笑。

 

記憶では中嶋一貴選手の当て逃げ事件が大々的に報道されたりテレビのワイドショーで流れていたという記憶はありません。

中嶋悟さんの息子さんが何かやらかしてしまったら、さすがにマスコミの方も放ってはおかないでしょう。

 

ということは当て逃げは事件性のあるものではなかったということですが、調べてみると真相が分かりました!

中嶋一貴選手が、F1デビュー戦の2007年ブラジルグランプリでPヤラカシてしまったということですね。。。

 

下の動画をご覧いただきたいのですが、重傷を負ったとか亡くなったということではないのでよかったのですが、ヒヤッとします。

 

ほんとに危ないところでしたね。

ピットインするわけですから十分に減速しているとはいえ、下手すれば巻き込まれたピットクルーの人が重傷を負いかねないところです。

でも命にかかわるものでなかったのはよかったです。

 


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中嶋一貴のプロフィールや経歴

改めて中嶋一貴選手のプロフィールや経歴です。

名前:中嶋一貴(なかじまかずき)
生年月日:1985年1月11日
出身:愛知県岡崎市
学歴:
愛知県教育大学付属小学校・中学校卒業
星城高等学校卒業
南山大学中退
家族:
父・中嶋悟
弟・中嶋大祐

中嶋一貴さんの父親は元F1ドライバーの中嶋悟さん!

文句なしの日本カーレース界のレジェンドです!

 

幼い頃から父親である中嶋悟さんのレースを見て育った中嶋一貴さんは、1997年12歳でカートレースデビューをします。

弟の中嶋大祐さんもレーシングドライバーで父・悟さんの経営するNAKAJIMA Racingに所属しています。

 

中嶋一貴選手は、1999年14歳の若さで鈴鹿選手権ICAクラスでシリーズチャンピオンになりました。

レース業界で「中嶋2世」との周囲の声、「親の七光り」を気にした中嶋一貴さんはホンダ系ドライバーだった父の功績を避けるように、2002年トヨタ運営のフォーミュラトヨタレーシングスクール(FTRS)を受講しスカラシップを獲得、翌年フォーミュラトヨタでシリーズチャンピオンとなったのです。

 

その後の2004年全日本F3 選手権に参戦しますが苦戦、結果はシリーズ5位、2005年の全日本F3選手権ではシリーズ2位となりました。

 

2006年11月にウィリアムズと2007年シリーズのテストドライバー契約を結び、翌年2008年はついにウィリアムズとレギュラードライバー契約を結びました。

 

2009年にウィリアムズを離脱し、その後所属チームが未発表のまま2010年を迎えましたが2010年2月、セルビアス

テファンGPと契約していることを公表しました。

セルビアステファンはF1参戦を目指していましたが参戦ならず、中嶋一貴さんもF1参戦を見送り、2010年は一度もレースに参加することなく終えました。

 

2011年は以前所属していたトムスで国内レースに復帰、2012年フォーミュラニッポンで初のシリーズチャンピオンとなりました。

その後、2014年にもフォーミュラニッポンでシリーズチャンピオンとなり現在も現役のダライバーとして活躍しています。

 

2018年7月、ルマン24での優勝などが評価され、地元岡崎市から岡崎市市民栄誉賞を授与されました

中嶋一貴選手も「恥ずかしいがとても栄誉なこと」だと市民栄誉賞を喜んでいます。

なお、岡崎市の市民栄誉賞は過去に平泉成さんも授与されたそうです。

 

中嶋一貴の愛車は?

中嶋一貴さんのプライベートでの愛車について調べてみました。

中嶋一貴さんが現在乗っている車は、もちろんトヨタで、車種は「レクサス CT200h SPORT」です。

この車はレクサスのなかではコンパクトで低燃費、使い勝手のいい車種という評判ですね。

レーシングドライバーなのでスポーツカーを乗っているのかと思いきや、公道を走るプライベート用の車には「使いやすさ」や「乗りやすさ」を優先させているようですね。

ちょっと意外ですが、堅実そうな一面が伺えて好印象です!

 

まとめ

ルマン24の優勝によって中嶋一貴選手個人の知名度ともに、日本のレース界にも人気復活の兆しが見えてきそうです。

環境問題や若者のクルマ離れなどいろいろ影響の大きな問題がありますが、レースは娯楽として単純に面白いですし、もっと注目されていもいいジャンルだと思います。

その先頭に中嶋一貴選手が立って、盛り上げていっていただきたいです!


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